2010年4月4日日曜日

Day62 理想と現実の間


 僕が事前に仕入れていたキューバ情報はどうやら8割方間違っていたようでした。
情報の仕入れ先は①テレビや雑誌、②カナダ人の友人、③キューバに行ったことのある元同僚、④浜松在住のキューバ人、⑤カンクンのホテルで出会った日本人旅行者でした。

まず、①テレビや雑誌などのマスメディアから仕入れた情報では、1959年にチェ・ゲバラが活躍した革命以降、キューバは北中南米に誕生した唯一の社会主義国家となり、そのためアメリカ合衆国から敵対され、さらにキューバ危機という鮮烈な印象の言葉が広く出回っているため、(アメリカ寄りの)日本ではキューバと聞くと「危険な国」や「独裁国家」と言った印象を無闇に思い浮かべてしまうが、実はそうではなく、キューバは社会主義国家を辿った国の中でも最も成功している国の一つで、例えば医療・教育水準は北欧にも引けを取らない高水準を誇っており、識字率はほぼ100%だし、小学校から大学までの学費は全て無料で、ハバナ大学医学部の学費は外国人も無料となっている。人々は年収わずか1万円ながらも社会主義国家ならではの配給制度があるため、贅沢ではなくても充分な暮らしを送ることができ、治安も周辺諸国と比べて非常に良く、安心して観光することができる。また、キューバ人は陽気で人柄が良く、野球といったスポーツやキューバJAZZが有名で、街角を歩けば陽気なキューバ人が野球談義をしていたり、路上でJAZZの演奏をしている光景を目にすることが出来る。とまぁこんな感じでした。

そして、僕の熱心な英会話教師の②カナダ人の友人が言うには、「キューバは今僕が最も興味のある国だ。街には50年代のクラシックカーが走っていて、建物はどれも古く情緒があって、さらにキューバ人はみんな陽気でフレンドリーなんだって。日本やアメリカ、カナダみたいに資本主義じゃないから、人々はもっとのんびりしていて、社会主義ならではのリラックスした空気が流れてるんだよ。」他にも「キューバ人女性は非常にオープンでカフェで声を掛ければ気軽に応じてくれ、日本やカナダとは大違い。ラテンの人達なんだ。是非行くべきだよ。」と強くキューバ旅行を勧めてくれました。

僕の友人であり③キューバに行ったことのある元同僚の話では「キューバには絶対に行くべきだな。マクドナルドもコカコーラもないんだぜ。街には広告なんて一つも出てないんだ。そんな風景見たことあるか?」「めちゃめちゃ古いアメリカの車とかフォルクスワーゲンビートルが走ってるし、キューバ人の女性はケツを振りながら陽気に通りを歩いてて、日本では想像も出来ないような世界だよ。」と言ってました。ただ彼は同時に「キューバに4泊もしたら、やることが無くて廃人になる。2泊3日で充分だ。」とも言っていました。

そして、カナダ人の友人の紹介で会った④浜松在住のキューバ人は「確かにキューバ人は陽気でフレンドリーだよ。日本人とは比較できないほどにね。キューバを旅行するなら少なくとも10日はいるな。ハバナだけでも少なくても5日は欲しい。見所も沢山あるからね。」「キューバ人の女性?みんなフレンドリーでボニータだよ。道端で声を掛けても全然問題ないよ。Eres muy bonita(綺麗ですね)!って言えばみんな喜ぶよ。」と教えてくれました。

キューバに行く直前に滞在していた⑤カンクンの日本人宿で出会った日本人旅行者達も口をそろえて「キューバめっちゃ楽しみ。」とか「キューバに行ってたんだけど、すごく良い所だったよ。何もないんだけどね、でもその何もないところがまた素敵だった。」と言っていました。

ここまでみんなが揃ってキューバのことを良く言うので、僕の胸は期待で膨れ上がっていました。


しかし、キューバに着いた翌日、ハバナ市内を一日観光して感じたのは「大きな違和感」でした。

僕が感じた違和感を簡潔に表現するのなら「僕達旅行者は動物園の檻の外からキューバ社会を眺めることはできるが、決して彼らの社会の一員として受け入れてはもらえない。」といった感じです。

まず、キューバの物価は、おそらく中南米でも一、二を争う高さだと思います。キューバにはCUPと呼ばれるキューバ国民の為の人民ペソとCUCと呼ばれる観光客の為の観光ペソの2種類があります。1CUPはだいたい4円くらいで、1CUCはだいたい100円くらいです。僕達観光客が買い物をするにはCUCという外国人向けのお金を使わないといけなく、このCUCで買い物をすると、なんでも高くなります。例えば道端で売っているアイスクリームが2CUC(約200円)だったり、モヒートというキューバ発祥のカクテルは大体3.5~4.5CUC、食事は場所にも寄りますが安くても5CUCから高くて15、20CUC、ガイドブックに紹介されている市内のホテルは最安値でも1泊60CUC~です。ドミトリーは法律で禁止されているそうです。キューバでは年収が1万円程度なのに対し、観光客は1日で1万円使わざるを得ないといった感じです。実際にはホテルには宿泊せず、ネットで調べた個人宅の部屋貸し(政府認可)を利用したので、宿泊費は20CUC程度でした。僕が宿泊したCASA de Ania(Aniaの家)というところは非常に良い所でした。
ところで、もし僕達外国人と現地人が一緒に食事に行ったらどちらのお金を使うことになるんでしょうか?気になるところです。ただ、通貨が違う時点で僕達観光客がキューバ社会の中に入ることが一つ難しくなるのです。



ハバナ市内には大勢の観光客で賑っていて、かなり観光地化していました。
ソビエトの崩壊後、キューバ政府は外貨獲得のために観光政策を取り入れたのですが、どうやらそれが実を結んでいるようです。キューバの人達は観光客から稼いだ外貨で暮らしているように思えました。

またキューバの人々からは僕らと積極的にかかわりを持ちたくなさそうな印象を受けました。メキシコでは子供達が大勢でやってきたり、女の子達が一緒に写真に写ってくれと歩み寄ってきたりするのですが、キューバの人々は決してそんなことはしてきません。通りでJAZZを演奏している人は一人もいませんでした。(公園で野球談義をしている人達はいましたが)こちらから声を掛ければ、人によっては笑顔で応じてくれたり、話をする人もいたのですが、半分以上の人達は笑いを浮かべた後、はっとしたようにその笑いを引っ込め、どうもと軽く挨拶をしてすぐに去って行きます。最初、人前で堂々と観光客とコミュニケーションを取ってはいけない何かがあるのかと思ったほどでした。

男女の関係も他の国と比較して保守的で例えば路上でキスをしていたり、いちゃいちゃしているカップルは一組も目にしませんでした。メキシコではカップルはこれでもかってくらいにイチャついていたので、それと比べると雲泥の差です。日本よりも保守的じゃないかって思ったくらいです。

人々は陽気というよりも、何かを我慢しているように見受けられました。滞在二日目の夜にホテルの下の食堂で一緒に夕食を食べたドイツ人夫婦が「キューバの人達は自分達が一年かけて稼ぐお金と同じ額のお金を欧米亜の旅行者が使うのを見たり、最新のカメラや携帯電話を持っているのを見て、何も感じないわけがない。社会主義はいずれ滅びる。」と言っていました。確かにその通りです。僕は無知にもキューバ政府が充分な配給を国民に与えているため多くの国民はキューバでの生活に満足していて、のんびり暮らしているということを信じていました。でも、老人でもない限り、少しでも上の生活をしたいと思うのは当たり前で、外国人が持っているクールなアイテムを見て、羨ましくないはずがなかったのです。ドイツ人夫婦と食事をしている席の隣の席には、外国人の初老の男性とキューバ人の子連れの家族が食事をしていて、この外国人の男性(おそらく親戚のおじさんか何か)がキューバ人の子供にプレイステーションポータブルをプレゼントしていたのですが、この子供は他の国の子供がPSPをプレゼントしてもらった時と同じように、文字通り飛び上がって喜んでいました。資本主義だろうと社会主義だろうと、友達が持っていないアイテムを手に入れたい、他人が消費できない記号を消費したいという願望は変わらないんです。
でも不思議なことに、僕が最新のデジカメをで写真を撮っていても、iPhoneを使っていても、誰も見せてくれと寄って来ないのです。この点もメキシコとは違いました。欲望を押さえているように感じました。


 国立美術館に行ったのですが、僕が感じた違和感はここで一気に膨れ上がりました。
街には50年代の車が走っていて、建物はどれも古く、時代が止まってしまったかのような印象を受けるのに対し、キューバのアートは確実に最先端を進んでいました。それもキューバ独自のアートとしてガラパゴス諸島のように進化したというわけではなく、世界のモダンアートの流れをちゃんと汲んでいて、それでいてキューバ独自のテーマを取り入れ、新しいものや更なる高みを求めているように感じられました。なぜこのことが僕に違和感を与えたのかと言うと、通常、一般人の生活や感覚はアーティストと呼ばれる感受性の高い人々の生活や感覚を追いかけるように育ち、変化していくからです。ですが、キューバに関してはアートは他の世界と変わらないレベルに達しているのに、一般人の生活は止まったままになっているんです。アート作品からはアーティスト達が新しいものやさらなる高みを目指す「欲求」が感じられるのに、人々からあるはずの「欲求」が感じるのはやっぱり変だと思います。隠しているとしか思えませんでした。

なんだかキューバは濃い霧で覆われていて、その全容を見透かすことは簡単ではないようです。明日こそはもう少しキューバ社会の中に潜入して、本当のキューバの姿を暴いてやりたいと思います。

2 件のコメント:

  1. とどのつまりさ、友人やメディアからの情報って非常に有益でありがたかったりするのだけれども、
    最終的にどう感じるかってのは自分次第だよな~
    って改めて思いました。

    キューバ社会における一般的な生活スタイルとアートの違和感って論点も非常に面白いですね。
    キューバのアーティスト達は、キューバ自体からはもう離れて生活していて、他の諸外国のアートに触れながらもキューバ人独自のエッセンスを加えてあるって解釈はどうでしょう??

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  2. そうなんだよ。でもあまりにも評判と違うんだぜ。
    観光客は高いお金を出してわざわざ行ったところを悪くは言いたがらないんだよ。っていう理由が一つと、旅行メディアが適当に誇張して記事を書いてるって理由が一つ。つまらないとか、キューバ人はやっぱり貧乏って書いても旅情を誘わないからね。それと、地元の人は地元の良い所を知り尽くしているし、地元を悪く言いたくないから良く言うって理由が一つだと思うな。情報を手に入れるってのは難しいな。

    美術館に行けばだいたいその国の特徴がつかめるもんだよ。イタリアならカトリック絵画しかないし、オランダの黄金時代は本当に黄金時代だったみたいだし、フランスはいまでこそアメリカにその座を奪われているけど、当時、最新のアートを創り続けていたし、ニューヨークはもうぶっ飛んでるなって感じでね。それに最新の芸術作品に現われる特徴は往々にして遅れて人々の生活に現われるもんなんだよ。

    あと、人々の「欲求」が高まって、それを政府が抑えられなくなると、革命とか改革が起こるんだよ。特に社会主義の国では人々の欲求を満たす全責任は政府にあるわけだから、キューバのアーティストの純粋なで強力な「欲求」を見ると、キューバの社会主義は長く持たないんじゃないかって思ったよ。

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