振り返ると、この旅行を始めて8日目にはすでにヨーロッパにいました。
今日で49日目で、途中アフリカ大陸で7日間過ごしたので、35日間、ヨーロッパにいたことになります。
ベルギーから始まって、オランダ、フランス、イタリア、フィンランド、スウェーデン、スペイン、イギリスと8カ国に行きました。(でもイギリス以外のEU内はシェンゲン協定という協定によってパスポートの提示が無くても行き来できるので、パスポートのスタンプはほとんど溜まりませんでした。あれが結構いい思い出になるので少し残念です。)
8ヶ国を振り返ると、
ベルギー:洗練されたベルギー料理と文化を持つ落ち着いた国
オランダ:自由で偏見がなく、誰に対してもオープンな国
フランス:ちょっと気取ってるけど、鍛え抜かれた文化、芸術、料理を有する偉大な国
イタリア:圧倒的な親しみやすさを持つフレンドリーな国
フィンランド:信頼の上に成り立つ国、禁断のフィンランド
スウェーデン:世界一の美女軍団を誇る?北欧No1の強国
スペイン:ラテンの情熱の国(粗野な一面も)
イギリス:伝統性を重んじながらも変革を続けるヨーロッパNo1の大国
といった感じでした。
どの国からも素敵すぎる思い出を沢山いただきました。
でもやっぱりイタリアが良かったかなぁ。パリもロンドンも捨てがたい。今回、行けなかったロヴァニエミ(ラップランド)にも行きたいし、ストックホルムのナイトクラブにも行けなかった。フランス南西部で美食旅行もしてみたいし、パンプローナの牛追い祭りと闘牛も見てみたいし、イギリスでカナルクルーズもしてみたい。オランダもベルギーももう一回でも何回でも行きたい。ルカのお父さんは年に2回はペルージャに遊びに来いって言ってくれたし、まだまだヨーロッパにはやり残してきたことが沢山ありすぎて、この旅行が終わってからもなんとか機会を作って、遊びに行かなくちゃって思います。
ヨーロッパ大好きです。笑
さて、今日は朝の8時にホテルを出発して、最寄の地下鉄の駅で(19時の飛行機に乗る)兄と別れ、一人先にヒースロー空港へ向かいました。
ワイン業界ではヨーロッパの産地を旧世界と呼んで、アメリカ大陸やオーストラリアの産地を新世界と呼ぶそうです。ロンドンを出発すると、次は新世界です。
兄とはまた4月10日にハワイで(彼は結婚式を4月11日にハワイで挙げます)会います。別れる時、兄は「新世界で待つ。必ず来いよ!」とポートガス・D・エースのようには言いませんでしたが、一緒に旅行できて良かった、ありがとうと言いました。
僕も兄と二人で1ヶ月ちょっと旅行できたことを誇らしく思いました。僕達兄弟は別に仲が悪かったわけではないのですが、昔から兄弟らしいこと(って何だ?って思うけど)をやって来なかったので、今回初めて兄弟らしいことができたかなぁと嬉しく思います。まぁ途中お互いに緊張が走ることも何度かありましたが、致命的な喧嘩もせず、譲り合い、助け合いながらなんとかやってこれたと思います。値観の違う大人2人が一緒に長期間の旅行をするのって思ったより大変なんです。無事に終われたのは、なかなかすごいことだと思います。
↓ヨーロッパ各国の一枚
◆ベルギー
◆オランダ
◆フランス
◆イタリア
◆フィンランド
◆スウェーデン
◆スペイン
◆イギリス
2010年3月19日金曜日
Day48 ロンドンゴルフ
昨年の石川選手の目覚しい活躍と、今年に入ってからの宮里選手のアメリカツアー2連勝という素晴らしい活躍に感化された僕らは、少し前からイギリスに着いたらゴルフをやろうと話していました。
僕も兄も社会人になってからゴルフを始めたのですが、僕達兄弟がそろって出来るスポーツといったらゴルフかテニスかビリヤードくらいのもので、その中からわざわざイギリスでやるべきスポーツは何だろうということになり、ゴルフを選びました。
僕は年に3回か4回しかやらないのですが、ゴルフというスポーツは始めるにはそんなに難しくないスポーツで(熱狂してしまうとなかなか難しいのですが)、だいたい102~106くらいで回れるようになってきました。兄の方が微妙に上手ですが、ほぼ同じレベルです。
よく100を切れるとそこそこ上手な人の仲間入りと言われていますので、あと一歩というところです。会社員時代、何度か同僚とラウンドしたのですが、僕の順位はだいたい真ん中くらいでした。前の会社ではやはり部長クラスは上手く、課長クラスはそこそこ上手く、平社員クラスは下手でした。僕は課長達と同じくらいのレベルでした。(なので僕は素人にしては上手いということになります。笑)
目下の目標は(といっても練習もしないので、出来たらいいなぁ程度にしか思っていないのですが)100を切ることです。それで5年後くらいには平均して95以下で回れるようになりたいなぁと思っています。
インターネットで調べたRichmond Park Golf CulbというRichmond Parkの中にあるパブリックコースに行きました。プレーフィーが21ポンド(約3200円)で貸し靴が6ポンド、貸しクラブが8ポンドと、日本と比べて激安でした。イギリスではゴルフのプレーフィーはチャンピョンズコースであってもかなり安いようです。兄曰く、3月までだったら、セントアンドリュース(スコットランドにある全英オープンでよく使われるコース)でも50ポンドそこそこでプレーできるそうです。
一般にイギリスのゴルフコースは日本やアメリカのコースと違って、芝の手入れを敢えてあまりせずに、自然のまま、ありのままの環境の中でプレーをするという伝統的なスタイルのところが多いようです。フェアウェーやグリーンの芝は刈ってありますが、ラフではブッシュが膝まで伸びていたり、身長の2倍はあるような切り立ったバンカーがあったりと、ありのままの環境を維持したコースになっています。そういコースではもちろん難易度も格段に高くなります。全英オープンゴルフのテレビ中継なんかを見ると、膝下まである長いラフにボールを取られて何度も打ち出せずイライラしているプロやバンカーの壁面が高すぎてグリーンと反対方向にバンカーショットを打たざるを得ない光景なんかを目にします。プロゴルファーでも他の大会と比べてスコアが悪くなります。
そんな攻め甲斐のありすぎる難しいコースを楽しみにしていたのですが、Richmondのパブリックコースはだだっ広い公園みたいなところで、池もバンカーもブッシュもあまりない、平凡以下のコースでした。イギリスのコースは攻め甲斐がありすぎて、ボールを沢山失くすだろうと思って二人で一番安いボールを15個も!買ったのですが、ボールはほとんどお土産になってしまいました。結局ロストボールは僕が1個、兄が2個だけでした。平均以下です。
イギリスのパブリックコースでは基本的にセルフ(キャディーさんなし)で回ります。電動カートの貸し出しは有料だったので、キャリータイプの手動カートを借りて、歩いて回りました。普段日本のコースだと、半分くらい歩いて、半分は電動カートに乗って移動するのですが、18ホール全てを歩いて回るというのは、思ったより疲れるものでした。じわじわと鈍い疲れが足にや腰に溜まっていく感じです。
第1ホールからいきなり130ヤードのショートホール(パー3)だったのですが、9番アイアンで見事にワンオンさせて、パーセーブからの発進でした。第3、第4ホールと少し崩れて7打とか8打を叩いてしまったのですが、その後は大体ボギーかダブルボギーペース(時にはパーも)で大きく崩れることなく回り、トータルスコアが98でした。初めて100を切ったには切ったのですが、少し簡単すぎるコースだったので、自分の(公式)記録には含めないことにしようと思いました。
冬のロンドンにしては珍しく快晴が続いていて、今日も冴え渡る青空でした。
コース上には鴨たちが平然と座っていて、鴨たちを脅かさないように心がけながらプレーしました。鴨たちが気持ちよさそうに水浴びをする中、カートを引きながら青空の下に広がる緑の芝の上を散歩しながらゴルフをするのはやはり気持ち良いものでした。
明日、ロンドンを出発してニューヨークに行きます。
ロンドン滞在の最後の日にとてもいい思い出になりました。
※上の写真を撮ったときの球は大きく左側へ跳んでいきました。打ち終わった後に右足が残っていない悪いショットの典型です。 でもフェアウェイが広かったので、OBにならず、その後のショットをまとめてボギーでした。
2010年3月16日火曜日
Day47 恥の文化
実はイギリスに入国する際にかなり嫌な思いをしました。
入国審査の女性の態度がかなり高圧的で差別的だったのです。
今、僕らは無職なので、入国カードの職業の欄に無職を意味するunemployedと書いていろいろな国に入国しています。働いているとか学生と書いても別に良いのですが、しつこく聞かれたときに嘘がばれると厄介なので、正直に無職と書いて旅行しています。元サッカー選手の中田さんも引退後、世界旅行をしているのですが、入国カードの職業欄にはumemployedと書いていると言っていました。
今回、イギリス入国にあたっても、僕らはunemployedということで入国審査を受けたのですが、僕らを担当した女性が「へぇ、仕事してないんだ?」から始まって、「旅行費用は誰が払ってるの?」と聞くので、「今は働いていないけど、少し前まで働いてたので、旅行費用は自分達で払ってます。」と言うと、「旅費は幾らなの?」と聞いてきました。イギリスに入国するだけなのに、なんで僕らの旅行の予算なんか聞くんだと、最初質問の意図がわからず、少し戸惑っていると、急に声を荒げて「簡単な質問よ。わからないの?旅費は幾らって聞いてるの?」と言ってきました。「1,500,000円くらいだから、10,000ポンドくらいかな。」と言うと、「ふーん、けっこうお金ないんだね。」と言ってきます。いくらの予算で旅行をしようがお前には関係ないだろ!?と思ったのですが、入国で引っかかると面倒なので、一応、質問には答えたのですが、そこから「どこの国に行ってきた?」だとか、「これからどこの国に行くんだ?」と言う事を必要以上(だと常識的には思う)にしつこく聞かれました。それで少しでも回答が遅れたり、英語でつまずくと、また「これは簡単な質問よ。わからないの?」を繰り返してきて、その言い方がなんていうか、僕らのつたない英語や旅行をバカにするような感じがして、かなり嫌な気分になりました。いままでで、世界中で一番ムカつく入国審査員でした。
まぁそんなこともあって、かなり嫌な気分にさせられたのですが、僕はロンドンには3度目だったし、少し長く滞在していたこともあるので、ロンドンの良い所も沢山知っているし、今までのイギリス入国の際は、親切とまでは言えないにしても、特に問題なくすんなり入国することが出来ていたので、そのムカつく審査員一人くらいでは、ロンドンに対する印象はそこまで悪くならなかったのですが、兄はロンドンに来るのが2回目で、前回来たときも数日しか滞在していなかったせいか、今回のことでかなり気を悪くし、その後のロンドンの人々にも悪い印象を持ってしまっていました。基本的にロンドンの人達は親切ではなくて、他人のことには関わりたくないといった感じなのですが、そういうロンドンの人達の気質もこのときの兄にとっては嫌悪の対象になっていたみたいでした。
それで、僕がスペインに対して「粗野だ。」と言った(と少し言い過ぎてしまったのかもしれませんが)ことに対抗してか(どうかは定かではないですが)、「イギリスの方が数倍は粗野だ。」と言い出しました。
でもイギリスは決して粗野な国ではありません。
日本と同じような美しい田園風景を持っているし、伝統的な王室を持っているし、アフタヌーンティーなんていう優雅な時間の楽しみ方を知っているし、何より彼らは「恥ずかしい」という感覚を持っていると思います。
僕が使った「粗野」という言葉について、兄と少し話をしたのですが、僕が「粗野」だと言っているのは、決してスペインの人達が僕に親切にしてくれなかったからではなくて、スペインの人達に「恥」の文化や感覚が見受けられなかったからです。(これも僕が個人的に感じたことなので、実際にスペイン人に聞いたら、恥の感覚はもちろんあるよと言われるかもしれませんが。スペインの人、ごめんなさい)
大人になるということは、少なくとも「恥」を知ることだと思います。
かつてルース・ベネディクトが「菊と刀」で分析したように、日本は「恥の文化」の上に成り立っていると僕も思います。契約や法によって禁止されているからやらない、というより「恥」だからやらないということの方が僕らの感覚に近いように思います。日本人の行動原理に「恥」という感覚が(最近はそうでもないこともありますが)基本的には影響しているのではないでしょうか。
そういう意味で日本は非常に成熟した文化を持っていると僕は思っています。
「恥の文化」があるなと僕が感じた国は、イギリス、フランス、フィンランド、中国(共産党除く)などです。
逆にトヨタ問題で検証の捏造をしたり、ロト6的感覚で集団訴訟を起こそうとしたり、捕鯨船に体当たりしておいて被害者を声高らかに演じてみたり、盗撮を流してアカデミー賞を獲っちゃたり、条約を無視して過去の戦争の法的責任を掘り返したり、疑惑の判定をしてみたり、疑惑を説明しないまま幹事長や総理の座に居座ってみたり、そういう国や団体、人達のことを「恥」を知らない「粗野」だと僕は思います。
イギリス人にも粗野な人は確実にいると思いますが、イギリス自体は決して粗野な国ではありません。
なかなか素敵な国だと思います。
他人が嫌がるようなこと、他人を貶めるようなことは恥ずかしいことだから、僕はやりません。
その入国審査員にはかなり嫌な気分にさせられましたが、人の振り見て我が振り直せということだと思って、悪いサンプルにしようと思います。
入国審査の女性の態度がかなり高圧的で差別的だったのです。
今、僕らは無職なので、入国カードの職業の欄に無職を意味するunemployedと書いていろいろな国に入国しています。働いているとか学生と書いても別に良いのですが、しつこく聞かれたときに嘘がばれると厄介なので、正直に無職と書いて旅行しています。元サッカー選手の中田さんも引退後、世界旅行をしているのですが、入国カードの職業欄にはumemployedと書いていると言っていました。
今回、イギリス入国にあたっても、僕らはunemployedということで入国審査を受けたのですが、僕らを担当した女性が「へぇ、仕事してないんだ?」から始まって、「旅行費用は誰が払ってるの?」と聞くので、「今は働いていないけど、少し前まで働いてたので、旅行費用は自分達で払ってます。」と言うと、「旅費は幾らなの?」と聞いてきました。イギリスに入国するだけなのに、なんで僕らの旅行の予算なんか聞くんだと、最初質問の意図がわからず、少し戸惑っていると、急に声を荒げて「簡単な質問よ。わからないの?旅費は幾らって聞いてるの?」と言ってきました。「1,500,000円くらいだから、10,000ポンドくらいかな。」と言うと、「ふーん、けっこうお金ないんだね。」と言ってきます。いくらの予算で旅行をしようがお前には関係ないだろ!?と思ったのですが、入国で引っかかると面倒なので、一応、質問には答えたのですが、そこから「どこの国に行ってきた?」だとか、「これからどこの国に行くんだ?」と言う事を必要以上(だと常識的には思う)にしつこく聞かれました。それで少しでも回答が遅れたり、英語でつまずくと、また「これは簡単な質問よ。わからないの?」を繰り返してきて、その言い方がなんていうか、僕らのつたない英語や旅行をバカにするような感じがして、かなり嫌な気分になりました。いままでで、世界中で一番ムカつく入国審査員でした。
まぁそんなこともあって、かなり嫌な気分にさせられたのですが、僕はロンドンには3度目だったし、少し長く滞在していたこともあるので、ロンドンの良い所も沢山知っているし、今までのイギリス入国の際は、親切とまでは言えないにしても、特に問題なくすんなり入国することが出来ていたので、そのムカつく審査員一人くらいでは、ロンドンに対する印象はそこまで悪くならなかったのですが、兄はロンドンに来るのが2回目で、前回来たときも数日しか滞在していなかったせいか、今回のことでかなり気を悪くし、その後のロンドンの人々にも悪い印象を持ってしまっていました。基本的にロンドンの人達は親切ではなくて、他人のことには関わりたくないといった感じなのですが、そういうロンドンの人達の気質もこのときの兄にとっては嫌悪の対象になっていたみたいでした。
それで、僕がスペインに対して「粗野だ。」と言った(と少し言い過ぎてしまったのかもしれませんが)ことに対抗してか(どうかは定かではないですが)、「イギリスの方が数倍は粗野だ。」と言い出しました。
でもイギリスは決して粗野な国ではありません。
日本と同じような美しい田園風景を持っているし、伝統的な王室を持っているし、アフタヌーンティーなんていう優雅な時間の楽しみ方を知っているし、何より彼らは「恥ずかしい」という感覚を持っていると思います。
僕が使った「粗野」という言葉について、兄と少し話をしたのですが、僕が「粗野」だと言っているのは、決してスペインの人達が僕に親切にしてくれなかったからではなくて、スペインの人達に「恥」の文化や感覚が見受けられなかったからです。(これも僕が個人的に感じたことなので、実際にスペイン人に聞いたら、恥の感覚はもちろんあるよと言われるかもしれませんが。スペインの人、ごめんなさい)
大人になるということは、少なくとも「恥」を知ることだと思います。
かつてルース・ベネディクトが「菊と刀」で分析したように、日本は「恥の文化」の上に成り立っていると僕も思います。契約や法によって禁止されているからやらない、というより「恥」だからやらないということの方が僕らの感覚に近いように思います。日本人の行動原理に「恥」という感覚が(最近はそうでもないこともありますが)基本的には影響しているのではないでしょうか。
そういう意味で日本は非常に成熟した文化を持っていると僕は思っています。
「恥の文化」があるなと僕が感じた国は、イギリス、フランス、フィンランド、中国(共産党除く)などです。
逆にトヨタ問題で検証の捏造をしたり、ロト6的感覚で集団訴訟を起こそうとしたり、捕鯨船に体当たりしておいて被害者を声高らかに演じてみたり、盗撮を流してアカデミー賞を獲っちゃたり、条約を無視して過去の戦争の法的責任を掘り返したり、疑惑の判定をしてみたり、疑惑を説明しないまま幹事長や総理の座に居座ってみたり、そういう国や団体、人達のことを「恥」を知らない「粗野」だと僕は思います。
イギリス人にも粗野な人は確実にいると思いますが、イギリス自体は決して粗野な国ではありません。
なかなか素敵な国だと思います。
他人が嫌がるようなこと、他人を貶めるようなことは恥ずかしいことだから、僕はやりません。
その入国審査員にはかなり嫌な気分にさせられましたが、人の振り見て我が振り直せということだと思って、悪いサンプルにしようと思います。
Day46 5年越しのレストラン
前にロンドン留学をしていた時、ホストファーザーに「ロンドンの街中で美味しいイギリス料理のレストラン知らない?」と聞いたことがありました。
ホストファーザーのブライアンは少し考えて、「ブラウンズ,Brownsというレストランがいいよ。」と教えてくれました。
「場所はシャフツバリーアベニュー,SHAFTESBURY AVからチャリングクロスロード,CHARINGCROSS ROADにぶつかった所の左前か右前だよ。とにかくCHARINGCROSS沿いにある。」と言っていました。
街中に遊びに行くたびにそのレストランを探したのですが、一向に見つかりませんでした。ブライアンに電話して、もう一度教えてもらってもやっぱり見つからないし、近くのホテルに入って、コンシェルジュのおじさんにそのレストランの名前を告げて、この近くなんだけど知らない?と聞いても知らないと言われました。
家に帰って、ブライアンに見つからなかったよ、潰れたんじゃないの?と聞いても、この間行ったばかりだから、絶対にあるよと言われました。
結局、そのレストランはロンドン留学滞在中に見つけることができず(今になってみれば、なぜインターネットで探さなかったのか?と自分のことながら不思議に思いますが)、Brownsは次に来たときに行ってみようということにして、ロンドンを去りました。
2007年の夏にロンドンに行ったときも(今にしてみればなぜインターネットで探さなかったのか、と思うところですが)Brownsを探してみました。CHARINGCROSS沿いには結局見つからず、適当なパブで夕食を食べたのですが、その後、偶然違う通りの奥にそのレストランを発見しました。セントマーティンズロード,STMARTHINS ROADというCHARINGCROSから一本横に入った狭い道の一番奥にそのレストランがありました。でもこのときはロンドン滞在の最終日でしかも夕食を食べた後だったので、次に来るときに行こうと思って、ロンドンを去りました。
旅行に来ると、何かをやり残して帰ることがよくあります。
そうすることで、またいつか遊びに来る理由ができる、ということにしています。
このレストランを知ってから5年が経ち、ようやくBrownsに行ってきました。
STMARTHINS ROADは狭い道なので、このレストランは30人程度の規模のこじんまりしたパブ&レストランだと思っていたのですが、この道側から見た入り口は実は店の裏口で、反対側の大通りにある正面玄関に回ると、意外にもかなり大きなお店で、300人(少なくとも250人)は収容できそうなお店でした。(きっとブライアンはCHARINGCROSとその大通りを間違えていたんだと思いました)お店に入ると中はかなり混雑している様子で、「予約無いんだけど大丈夫?」と受付係に聞くと、30分ほどで入れると思うと言われ、少し外を散歩しながら待って、入店することにしました。土曜の夜ということもあったのですが、店内は大繁盛でした。
BROWNSはイギリス料理を出すお店で、僕は本日のスープ(とうもろこしのスープ)と28日間熟成したビーフステーキを注文し、兄はフィッシュ&チップスを注文しました。
よくイギリスの料理はまずいと言われるのですが、それは嘘だと思います。確かにきったないパブなんかに入って、フィッシュケーキなんかを注文すると、古くなって匂いの付いた油で揚げた激まずの料理が出てくることも稀にありますが、ロンドンに限ってはそれなりに美味しい料理を出すレストランやパブが沢山あると思います。なんといってもヨーロッパ第一位の都市なのだから、料理のレベルが低いわけがありません。(フランスやベルギーと比較することは出来ませんが…)
店内は照明が控えめに落とされていて、シックな様子なのですが、かなり大きな規模のレストランなのでがやがやしていて、雰囲気は割とカジュアルでした。昔、ブライアンに「スマートカジュアルな格好で行くんだよ。」と言われたのを思い出しました。
僕らが食べた料理の味はどちらも美味しく、値段も(物価が高いロンドンにしては)良心的で、総合的に満足できるレストランでした。照明が落とされていて、店内がかなり混雑していたので、料理の写真を撮れなかったのが残念です。
これで「ロンドンに美味しいイギリス料理を出してくれるなかなか素敵なレストランがあるから一緒に旅行に行こうよ。」とまたしても好きな女の子を誘うことができます。
"Browns" ウェブサイト
http://www.browns-restaurants.co.uk/index.php
ホストファーザーのブライアンは少し考えて、「ブラウンズ,Brownsというレストランがいいよ。」と教えてくれました。
「場所はシャフツバリーアベニュー,SHAFTESBURY AVからチャリングクロスロード,CHARINGCROSS ROADにぶつかった所の左前か右前だよ。とにかくCHARINGCROSS沿いにある。」と言っていました。
街中に遊びに行くたびにそのレストランを探したのですが、一向に見つかりませんでした。ブライアンに電話して、もう一度教えてもらってもやっぱり見つからないし、近くのホテルに入って、コンシェルジュのおじさんにそのレストランの名前を告げて、この近くなんだけど知らない?と聞いても知らないと言われました。
家に帰って、ブライアンに見つからなかったよ、潰れたんじゃないの?と聞いても、この間行ったばかりだから、絶対にあるよと言われました。
結局、そのレストランはロンドン留学滞在中に見つけることができず(今になってみれば、なぜインターネットで探さなかったのか?と自分のことながら不思議に思いますが)、Brownsは次に来たときに行ってみようということにして、ロンドンを去りました。
2007年の夏にロンドンに行ったときも(今にしてみればなぜインターネットで探さなかったのか、と思うところですが)Brownsを探してみました。CHARINGCROSS沿いには結局見つからず、適当なパブで夕食を食べたのですが、その後、偶然違う通りの奥にそのレストランを発見しました。セントマーティンズロード,STMARTHINS ROADというCHARINGCROSから一本横に入った狭い道の一番奥にそのレストランがありました。でもこのときはロンドン滞在の最終日でしかも夕食を食べた後だったので、次に来るときに行こうと思って、ロンドンを去りました。
旅行に来ると、何かをやり残して帰ることがよくあります。
そうすることで、またいつか遊びに来る理由ができる、ということにしています。
このレストランを知ってから5年が経ち、ようやくBrownsに行ってきました。
STMARTHINS ROADは狭い道なので、このレストランは30人程度の規模のこじんまりしたパブ&レストランだと思っていたのですが、この道側から見た入り口は実は店の裏口で、反対側の大通りにある正面玄関に回ると、意外にもかなり大きなお店で、300人(少なくとも250人)は収容できそうなお店でした。(きっとブライアンはCHARINGCROSとその大通りを間違えていたんだと思いました)お店に入ると中はかなり混雑している様子で、「予約無いんだけど大丈夫?」と受付係に聞くと、30分ほどで入れると思うと言われ、少し外を散歩しながら待って、入店することにしました。土曜の夜ということもあったのですが、店内は大繁盛でした。
BROWNSはイギリス料理を出すお店で、僕は本日のスープ(とうもろこしのスープ)と28日間熟成したビーフステーキを注文し、兄はフィッシュ&チップスを注文しました。
よくイギリスの料理はまずいと言われるのですが、それは嘘だと思います。確かにきったないパブなんかに入って、フィッシュケーキなんかを注文すると、古くなって匂いの付いた油で揚げた激まずの料理が出てくることも稀にありますが、ロンドンに限ってはそれなりに美味しい料理を出すレストランやパブが沢山あると思います。なんといってもヨーロッパ第一位の都市なのだから、料理のレベルが低いわけがありません。(フランスやベルギーと比較することは出来ませんが…)
店内は照明が控えめに落とされていて、シックな様子なのですが、かなり大きな規模のレストランなのでがやがやしていて、雰囲気は割とカジュアルでした。昔、ブライアンに「スマートカジュアルな格好で行くんだよ。」と言われたのを思い出しました。
僕らが食べた料理の味はどちらも美味しく、値段も(物価が高いロンドンにしては)良心的で、総合的に満足できるレストランでした。照明が落とされていて、店内がかなり混雑していたので、料理の写真を撮れなかったのが残念です。
これで「ロンドンに美味しいイギリス料理を出してくれるなかなか素敵なレストランがあるから一緒に旅行に行こうよ。」とまたしても好きな女の子を誘うことができます。
"Browns" ウェブサイト
http://www.browns-restaurants.co.uk/index.php
2010年3月15日月曜日
Day45 三度(みたび)ロンドン!
マドリードに別れを告げ、再びロンドンへやってきました。
ロンドンにはいろいろな思い出があります。
まず2005年の1月末から3月初にかけて、6週間の短期留学プログラムに申し込んで、ロンドンで英語を勉強したことがあります。
このときのおかげで、苦手を通り越して嫌悪に近かった英語を(多少イギリス訛りだけど)なんとか話せるようになったし、イタリア人の友人とも知り合うことができました。その英語学校で知り合った世界中の人達といろいろな話をして、いろいろな価値観に触れたおかげで、人生に対する見方が変わったと思っています。英語の勉強はそこそこに毎晩のようにみんなで集まってパブで飲みはしゃいでいたけれど、このロンドン滞在は僕の人生にそれなりに大きな影響を与えました。(それが良い影響か悪い影響かどうかはまだわからないけれど)
ロンドンでの短期留学が終わった後、大学時代の友人(彼は僕のことを旅行のベストパートナーだと呼んでいて、僕もおおむね同意している)とロンドン中心部にあるピカデリーサーカスのエロス像の前で待ち合わせて、一緒にフランスとイタリアまでユーレイルパスというヨーロッパ内の列車に乗り放題のチケットを使って2週間ほど旅行をしました。今よりもずっと若く内気で世間知らずだった僕は初めて訪れたパリやミラノの街や人々に強い印象を受けたように覚えています。すべてが新鮮で輝かしい体験でした。
実はそれまで旅行なんて全然好きじゃなかった、というよりもむしろ積極的に嫌いだったし、とりわけ海外旅行は罰ゲームかなにかの類くらいに思っていました。そう意識するようになったのは2003年に父親とその友人達の集まりについて連れていってもらった中国旅行が原因だったのですが、上海では酔っ払いの中国人のおっさんが日本人だと言って絡んでくるし、九寨溝では物売りの連中が押し寄せて来て僕の行く手を塞ぐし、付いてきたガイドは意地汚く僕達から少しでも金を取ってやろうと躍起だったりで、この旅行のせいで、僕は海外旅行なんて二度と行くかと思いました。(ただ九寨溝と黄龍の景色は感動するくらい素晴らしかったです)本当に小さい頃にグアムに行った事があったのですが、この中国旅行がほぼはじめての海外旅行だったので、出鼻をくじかれたような思いでした。(まぁ初めてということもあってより過敏になっていたのも事実だと思いますが)
他にも海外旅行が嫌だったのは、まず言葉が話せないことと、なんとなく海外では差別を受けるんじゃないかと悲観的になっていたことと、食事が合わないのが苦痛だったことなんかが理由でした。
けれども、ロンドンに留学したことで外国語に対する抵抗感はまったくというほど無くなったし、大学時代に毎日パスタを茹で続けたことで、外国の食事と日本食を食べないことにも抵抗がなくなるくらいに慣れました。差別に関しては受けるときは受けるし、受けないときは受けない、それは国の文化的な問題でもあるが、それ以上に個人的なモラルの問題だし、差別的なことを他人に対してしてしまう人間はどこか精神的欠陥を抱えている可愛そうな人間だから許してあげようと、少し強引ですが、そう思ってやり過ごすことにしました。大学時代にグレートギャツビーを2度読んだおかげです。
時代が変われば空気も変わるし、人の考え方も変わるというやつの典型です。
とにかく僕はこのロンドン留学をきっかけに、旅行好きと自称できるほど旅行好きになったし、こうして世界一周旅行にも来ているわけなのです。
あと、2007年の夏にも再びロンドンを訪れました。
その旅行のベストパートナーの友人とまたしてもピカデリーサーカスのエロス像の前で待ち合わせたのですが、待ち合わせ時間を過ぎても、一向に彼はやってきませんでした。次第に雨が降り始め、夜は更に深まっていき、人々が足早に僕の前を歩き去り、遠くで野犬が吼え始め、木々が怪しげに枝を振るわせる中、僕は彼を待ち続けました。ここで会えなかったらもう会えないので、待たないわけにはいきませんでした。結局彼の乗った飛行機が遅延したことが原因だったのですが、電話の一本くらい寄こせって思いました。彼は呑気に「次からは15分待って来なかったら、待ち合わせ時間を1時間ずつ遅らせて、次の00分に待ちあうことにしような。」と言っていました。危うく2007年の夏にテムズ川から邦人男性の遺体が上がるところでした。
まぁそんな楽しげな思い出がロンドンにはいくつかあるのです。
2010年の冬(春)、三度ロンドンを訪れました。
やっぱりこの街はヨーロッパでは圧倒的にコスモポリタン(多文化都市)です。
三度目のロンドン。
特に何の予定もないのですが、何をしても、きっと楽しいと思います。
2010年3月13日土曜日
Day43 食わず嫌い
僕にも好き嫌いというものがある。
例えば、食べ物で言うと、キムチは食べられない。あとモズクもなるべく食べたくない。寿司についてくるガリもあまり好きじゃない。
逆にムール貝の白ワイン蒸しは大好きだし、ぺヤングソース焼きそばも大好きだ。ガリはあまり好きじゃないけど、寿司自体は(ほぼどのネタも)とても好きだ。
好きなお笑い芸人もいれば、嫌いなお笑い芸人もいるし、好きな映画も嫌いな映画もある。もちろん好きな女性のタイプと嫌いな女性のタイプもある。
好き嫌いがあるってことは人間誰しもが持っている当然の感覚だし、別にそれ自体悪いことじゃないと思っている。
という一応の弁明をした上で、僕はスペインのことがあまり好きではないということを書こうと思う。
(私はスペインのことが熱狂的に好きだ。スペインのことを悪く言う奴は決して許さない!という方は読まないでもらいたい)
世界をいくつかに分けると(これはかなり強引な区分けかもしれないけれど)、僕達の日本がある東アジアから、東南アジア、中央アジア、中東アラブ諸国、ロシア、東ヨーロッパ、西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカ、オーストラリアなどがある。もちろんこの中に入っていない例えばオセアニア諸島の国々なんかもあるんだけど。
このざっくりとした区分けの中で、僕が一番好きなのが(日本を除いて)西ヨーロッパだ。
イギリス、フランス、イタリア、ベルギー、スイス、ドイツ、オランダ、ポルトガル、デンマーク、そしてスペインなんかが(いくつかの国は地理的に南ヨーロッパと呼ばれる場合もあるし、歴史的や政治的区分けによって多少異なってくることもあるが)西ヨーロッパの国々だ。
スイスやドイツ、デンマークなど、まだ行ったことのない国もあるが、基本的に僕はこの西ヨーロッパの国々に対して魅力を感じている。
イタリアには世界に名を馳せる一流ファッションブランドやエキゾチックカーがあるし、フランスにも世界に名を馳せる一流の料理やワインがある。イギリスには伝統的で格式高い王室があって、紳士の国にふさわしいゴルフやテニスといったスポーツも有名だ。ベルギーもオランダも素晴らしいところをあげようと思ったらとてもここには書ききれない。それに西ヨーロッパの国々はなんとなく文化的で洗練されていて、お洒落だ!と言えば肯いてくれる人の方が多いと個人的には思っている。僕はヨーロッパに対して憧れに近い(少し大げさかも知れないが)感情を持っているところが少なからずあると思う。
でも、スペインという国だけはどうしても好きになれない。
僕のスペインに対する印象は「西ヨーロッパ諸国の中で最も粗野な国」だ。
歴史的に見ても、スペインは南米にあった3つの文明(アステカ、マヤ、インカ)を滅ぼしているし(詳細はWikipedia『スペインによるアメリカ大陸の植民地化』参照)、南米の人々に過酷な労働を強き、それでいて疫病なんかが流行して人口が激減すると、今度は南アフリカから黒人奴隷を代替労働力として持ち込んだりもしている。時代が時代とは言え、スペインはめちゃくちゃなことを平然と(かどうかは少し主観が入るけれども)やっていた。
16世紀から17世紀にかけてのスペイン黄金時代も、国内の文化や政治を育て上げた結果というよりも、どちらかと言えば、まだ未開であった南米の発見とその地域からの富の収奪によって一時的に築かれたものだったし、その後の衰退にしたって、国内の経済を支えていたユダヤ人の迫害や改宗、ムスリムの徹底した排除や新興プロテスタントの弾圧などから起きた産業・経済基盤の弱体化が大きな原因となっている。
他の西ヨーロッパ諸国だって同じような侵略と征服の歴史を持っているかもしれないが、3つの文明を滅ぼすなんてことをやったのはこの国ぐらいじゃないかと思う。
でも僕だって歴史的な理由からスペインのことが嫌いになったわけじゃない。
むしろスペインに来てみて、なんとなくこの国は粗野な感じがするなぁと思って歴史を調べてみたら、やっぱり歴史的にも粗野なところがあったという順番だ。
路上で肩がぶつかっても誰一人として謝らないし、道を譲ることはあっても譲られることは(覚えている限りでは)ないし、レストランのウエイターは無愛想だし、ZARAの店員も無愛想だし、ホテルの受付係も無愛想だし、アトレティコマドリードのサポーター連中は昼間から酒を飲んで、酔っ払って、街中で大声で歌を歌っているし(中にはこちらに絡んでくる連中もいる)、スペインに来てからというものの、あまり気持ちの良い思いをすることがなかった。もちろん彼らだって別に僕らに気持ちよい思いをしてもらおうと思って生きているわけではないので、それはそれで一向に構わないのだけれど、それでもフランスでもイタリアでもフィンランドでもスウェーデンでも、何かしら、「やっぱりヨーロッパは良いなぁ」と思わせるところがあった。
スペインに来てから親切だなと感じたのは、今のところ空港のツーリストインフォメーションのおばさんとカンペール(という靴屋)の店員さんの二人だけだし、そのカンペールの店員さんにいたってはイタリアのシシリア出身だと言っていた。やっぱり、イタリア人だ!と思った。
と、ここまで書いてみたものの、ちょっと悪く言いすぎてしまった感は否めない。ごめん。
逆にスペインの好きなところ、良い所を書こうと思う。
まずスペインブランドのZARAとカンペールはかなり好きだ。特にカンペールは大好きだ。
旅行会社に勤めていた時によく履いていたお気に入りの革靴はカンペールのものだし、今回の旅行でもカンペールのスウェードの革靴を一足買った。流石は本拠地スペインだけあって、日本で買うよりもかなり安く買えた。カンペールは細部のデザインにまで入念に凝っているところが好きだ。(例えば今回買ったスウェードの靴もソールにまでデザインがあしらわれている)もし好きな靴のブランドは?と聞かれたら、迷わずにカンペールと答えられると思う。
あとはワイン。スペイン産のワインも結構気に入っている。スパークリングワインのカヴァも美味しいし、テルモ・ロドリゲス氏のワインはどれも好きだ。
食事にしたって、スペインのエル・ブジは世界で最も予約困難な店として有名だし、その料理は(もちろん食べたことはないが)見るからに洗練されていて、粗野という言葉の対極にあるような感じがする。エル・ブジの影響もあって、近年ではスペイン料理が世界を席巻しているといっても過言じゃないし、実際、マドリッド・フュージョンという世界最大の料理のサミットも毎年スペインで行われている。死ぬまでに一度は行ってみたいと切望しているイベントの一つだ。
スペイン料理の定番、パエリアも大好きだ。
今日だって昼食にイカ墨のパエリアを食べてきた。
どの国にも良い所と悪い所、好きな所と嫌いな所があって、それはそれで仕方が無いことだと思う。
旅行者としていろいろな国を訪れると、できるだけ良い思い出を残したくて(嫌な思い出より良い思い出の方が良いに決まってる)、なるべくその国のことを好きになろうと無意識のうちに努力してしまうふしがあって、それが時として疲れに変わることがある。新しい職場で周囲に良い顔ばかりしているうちに、結局ストレスが溜まってしまうというのに似ている気がする。長い旅行をしていると、中には好きになれない国の一つや二つも出てくるものなのだ。そういう時には素直に嫌だと認めてしまってもいいんじゃないかと今回は思った。
「良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにするんだ。そうすれば何も怖くない。悪いことが起きたら、その時点で考えるようにするんだ。」と僕は渡辺昇に言ったのと同じ科白を繰り返した。
でもやっぱりこういう批判的な日記を書くのは僕としてもあまり気持ちの良いものじゃないし、嫌な思い出よりは良い思い出を沢山持って日本に帰りたいと思っている。
毎日の(遅れることもあるが)ブログ更新も少し疲れてしまったので、スペイン滞在中は(といってもあと2日だが)、どこかの大御所漫画家のようにブログの更新を休もうと思う。
というわけで明日はブログを更新しません。
例えば、食べ物で言うと、キムチは食べられない。あとモズクもなるべく食べたくない。寿司についてくるガリもあまり好きじゃない。
逆にムール貝の白ワイン蒸しは大好きだし、ぺヤングソース焼きそばも大好きだ。ガリはあまり好きじゃないけど、寿司自体は(ほぼどのネタも)とても好きだ。
好きなお笑い芸人もいれば、嫌いなお笑い芸人もいるし、好きな映画も嫌いな映画もある。もちろん好きな女性のタイプと嫌いな女性のタイプもある。
好き嫌いがあるってことは人間誰しもが持っている当然の感覚だし、別にそれ自体悪いことじゃないと思っている。
という一応の弁明をした上で、僕はスペインのことがあまり好きではないということを書こうと思う。
(私はスペインのことが熱狂的に好きだ。スペインのことを悪く言う奴は決して許さない!という方は読まないでもらいたい)
世界をいくつかに分けると(これはかなり強引な区分けかもしれないけれど)、僕達の日本がある東アジアから、東南アジア、中央アジア、中東アラブ諸国、ロシア、東ヨーロッパ、西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカ、オーストラリアなどがある。もちろんこの中に入っていない例えばオセアニア諸島の国々なんかもあるんだけど。
このざっくりとした区分けの中で、僕が一番好きなのが(日本を除いて)西ヨーロッパだ。
イギリス、フランス、イタリア、ベルギー、スイス、ドイツ、オランダ、ポルトガル、デンマーク、そしてスペインなんかが(いくつかの国は地理的に南ヨーロッパと呼ばれる場合もあるし、歴史的や政治的区分けによって多少異なってくることもあるが)西ヨーロッパの国々だ。
スイスやドイツ、デンマークなど、まだ行ったことのない国もあるが、基本的に僕はこの西ヨーロッパの国々に対して魅力を感じている。
イタリアには世界に名を馳せる一流ファッションブランドやエキゾチックカーがあるし、フランスにも世界に名を馳せる一流の料理やワインがある。イギリスには伝統的で格式高い王室があって、紳士の国にふさわしいゴルフやテニスといったスポーツも有名だ。ベルギーもオランダも素晴らしいところをあげようと思ったらとてもここには書ききれない。それに西ヨーロッパの国々はなんとなく文化的で洗練されていて、お洒落だ!と言えば肯いてくれる人の方が多いと個人的には思っている。僕はヨーロッパに対して憧れに近い(少し大げさかも知れないが)感情を持っているところが少なからずあると思う。
でも、スペインという国だけはどうしても好きになれない。
僕のスペインに対する印象は「西ヨーロッパ諸国の中で最も粗野な国」だ。
歴史的に見ても、スペインは南米にあった3つの文明(アステカ、マヤ、インカ)を滅ぼしているし(詳細はWikipedia『スペインによるアメリカ大陸の植民地化』参照)、南米の人々に過酷な労働を強き、それでいて疫病なんかが流行して人口が激減すると、今度は南アフリカから黒人奴隷を代替労働力として持ち込んだりもしている。時代が時代とは言え、スペインはめちゃくちゃなことを平然と(かどうかは少し主観が入るけれども)やっていた。
16世紀から17世紀にかけてのスペイン黄金時代も、国内の文化や政治を育て上げた結果というよりも、どちらかと言えば、まだ未開であった南米の発見とその地域からの富の収奪によって一時的に築かれたものだったし、その後の衰退にしたって、国内の経済を支えていたユダヤ人の迫害や改宗、ムスリムの徹底した排除や新興プロテスタントの弾圧などから起きた産業・経済基盤の弱体化が大きな原因となっている。
他の西ヨーロッパ諸国だって同じような侵略と征服の歴史を持っているかもしれないが、3つの文明を滅ぼすなんてことをやったのはこの国ぐらいじゃないかと思う。
でも僕だって歴史的な理由からスペインのことが嫌いになったわけじゃない。
むしろスペインに来てみて、なんとなくこの国は粗野な感じがするなぁと思って歴史を調べてみたら、やっぱり歴史的にも粗野なところがあったという順番だ。
路上で肩がぶつかっても誰一人として謝らないし、道を譲ることはあっても譲られることは(覚えている限りでは)ないし、レストランのウエイターは無愛想だし、ZARAの店員も無愛想だし、ホテルの受付係も無愛想だし、アトレティコマドリードのサポーター連中は昼間から酒を飲んで、酔っ払って、街中で大声で歌を歌っているし(中にはこちらに絡んでくる連中もいる)、スペインに来てからというものの、あまり気持ちの良い思いをすることがなかった。もちろん彼らだって別に僕らに気持ちよい思いをしてもらおうと思って生きているわけではないので、それはそれで一向に構わないのだけれど、それでもフランスでもイタリアでもフィンランドでもスウェーデンでも、何かしら、「やっぱりヨーロッパは良いなぁ」と思わせるところがあった。
スペインに来てから親切だなと感じたのは、今のところ空港のツーリストインフォメーションのおばさんとカンペール(という靴屋)の店員さんの二人だけだし、そのカンペールの店員さんにいたってはイタリアのシシリア出身だと言っていた。やっぱり、イタリア人だ!と思った。
と、ここまで書いてみたものの、ちょっと悪く言いすぎてしまった感は否めない。ごめん。
逆にスペインの好きなところ、良い所を書こうと思う。
まずスペインブランドのZARAとカンペールはかなり好きだ。特にカンペールは大好きだ。
旅行会社に勤めていた時によく履いていたお気に入りの革靴はカンペールのものだし、今回の旅行でもカンペールのスウェードの革靴を一足買った。流石は本拠地スペインだけあって、日本で買うよりもかなり安く買えた。カンペールは細部のデザインにまで入念に凝っているところが好きだ。(例えば今回買ったスウェードの靴もソールにまでデザインがあしらわれている)もし好きな靴のブランドは?と聞かれたら、迷わずにカンペールと答えられると思う。
あとはワイン。スペイン産のワインも結構気に入っている。スパークリングワインのカヴァも美味しいし、テルモ・ロドリゲス氏のワインはどれも好きだ。
食事にしたって、スペインのエル・ブジは世界で最も予約困難な店として有名だし、その料理は(もちろん食べたことはないが)見るからに洗練されていて、粗野という言葉の対極にあるような感じがする。エル・ブジの影響もあって、近年ではスペイン料理が世界を席巻しているといっても過言じゃないし、実際、マドリッド・フュージョンという世界最大の料理のサミットも毎年スペインで行われている。死ぬまでに一度は行ってみたいと切望しているイベントの一つだ。
スペイン料理の定番、パエリアも大好きだ。
今日だって昼食にイカ墨のパエリアを食べてきた。
どの国にも良い所と悪い所、好きな所と嫌いな所があって、それはそれで仕方が無いことだと思う。
旅行者としていろいろな国を訪れると、できるだけ良い思い出を残したくて(嫌な思い出より良い思い出の方が良いに決まってる)、なるべくその国のことを好きになろうと無意識のうちに努力してしまうふしがあって、それが時として疲れに変わることがある。新しい職場で周囲に良い顔ばかりしているうちに、結局ストレスが溜まってしまうというのに似ている気がする。長い旅行をしていると、中には好きになれない国の一つや二つも出てくるものなのだ。そういう時には素直に嫌だと認めてしまってもいいんじゃないかと今回は思った。
「良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにするんだ。そうすれば何も怖くない。悪いことが起きたら、その時点で考えるようにするんだ。」と僕は渡辺昇に言ったのと同じ科白を繰り返した。
でもやっぱりこういう批判的な日記を書くのは僕としてもあまり気持ちの良いものじゃないし、嫌な思い出よりは良い思い出を沢山持って日本に帰りたいと思っている。
毎日の(遅れることもあるが)ブログ更新も少し疲れてしまったので、スペイン滞在中は(といってもあと2日だが)、どこかの大御所漫画家のようにブログの更新を休もうと思う。
というわけで明日はブログを更新しません。
2010年3月12日金曜日
Day42 再びヨーロッパへ
マラケシュを出発してマドリードにやって来ました。
再びEU入国です。
やっぱりヨーロッパは居心地がいいなと感じました。
モロッコの雑多な雰囲気やモロッコ人の呆れてしまうほど強引な商売術も面白かったけど、ヨーロッパは押し付けがましいところがなく、個人主義的で、人と関わっても関わらなくてもやっていけるところが好きです。
ヨーロッパでなら暮らせるけど、モロッコでは暮らせないなと思いました。
日本の関係希薄な社会に慣れてしまっているせいか、モロッコの顔と顔をつき合わして会話をする風習には最後までなじめませんでした。
一度、マラケシュのメディナ(旧市街)でハマムと呼ばれる公衆浴場のようなところに行ったとき(ここはマッサージや垢すりをしてもらうところでもあります)、マッサージを待っているモロッコ人男性客がいたのですが、ちょうど全てのスタッフが他の客についていて、誰一人手が空いていず、かなり長い間待たされていました。そのとき僕は床に寝そべって(ベッドの上ではなく、タイル敷きの床に水揚げされたマグロみたいに寝そべっていました)垢すりをしてもらっていたのですが、長時間待たされてしまったこのモロッコ人男性客が突然怒り出して、スタッフの1人を相手に口論を始めたことがありました。
アラビア語で話しているので内容はまるでわからなかったのですが、顔と顔を文字通りつき合わせて(その間にはシャープ製の薄型液晶テレビですら入り込む余地がないほどでした)かなり激しい口調で言い争っていました。怒る方も、怒られる方も一歩も引かず、取っ組み合いに発展するんじゃないかと心配になるほど(このとき僕は釣った魚を締めるかのような高速マッサージを受けていたので、取っ組み合いになったら確実に巻き込まれていました)激しく言い争っていたのですが、ふと怒っていた方の客が笑顔になって、怒られていたほうの客もまた笑顔になって、肩を叩きあいながら和解していました。モロッコ人の心は(駒ケ岳山頂の天気のように)読めません。
その点ヨーロッパはわかりやすくていいです。
怒り出す前には怒り出すぞというサインがあるし、笑うときも笑い始めるぞというサインがなんとなくですがあります。
ここまではやっても大丈夫という境界線が比較的はっきりしていて、また日本とも似ているので、あまり神経を使わずに過ごすことができるんだと思います。
あとヨーロッパはマドリードとロンドンの2都市だけとなりました。
ロンドンを離れたら、当分の間、ヨーロッパに立ち入ることはないような気がします。
あと1週間、ヨーロッパを満喫したいところです。
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