僕にも好き嫌いというものがある。
例えば、食べ物で言うと、キムチは食べられない。あとモズクもなるべく食べたくない。寿司についてくるガリもあまり好きじゃない。
逆にムール貝の白ワイン蒸しは大好きだし、ぺヤングソース焼きそばも大好きだ。ガリはあまり好きじゃないけど、寿司自体は(ほぼどのネタも)とても好きだ。
好きなお笑い芸人もいれば、嫌いなお笑い芸人もいるし、好きな映画も嫌いな映画もある。もちろん好きな女性のタイプと嫌いな女性のタイプもある。
好き嫌いがあるってことは人間誰しもが持っている当然の感覚だし、別にそれ自体悪いことじゃないと思っている。
という一応の弁明をした上で、僕はスペインのことがあまり好きではないということを書こうと思う。
(私はスペインのことが熱狂的に好きだ。スペインのことを悪く言う奴は決して許さない!という方は読まないでもらいたい)
世界をいくつかに分けると(これはかなり強引な区分けかもしれないけれど)、僕達の日本がある東アジアから、東南アジア、中央アジア、中東アラブ諸国、ロシア、東ヨーロッパ、西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカ、オーストラリアなどがある。もちろんこの中に入っていない例えばオセアニア諸島の国々なんかもあるんだけど。
このざっくりとした区分けの中で、僕が一番好きなのが(日本を除いて)西ヨーロッパだ。
イギリス、フランス、イタリア、ベルギー、スイス、ドイツ、オランダ、ポルトガル、デンマーク、そしてスペインなんかが(いくつかの国は地理的に南ヨーロッパと呼ばれる場合もあるし、歴史的や政治的区分けによって多少異なってくることもあるが)西ヨーロッパの国々だ。
スイスやドイツ、デンマークなど、まだ行ったことのない国もあるが、基本的に僕はこの西ヨーロッパの国々に対して魅力を感じている。
イタリアには世界に名を馳せる一流ファッションブランドやエキゾチックカーがあるし、フランスにも世界に名を馳せる一流の料理やワインがある。イギリスには伝統的で格式高い王室があって、紳士の国にふさわしいゴルフやテニスといったスポーツも有名だ。ベルギーもオランダも素晴らしいところをあげようと思ったらとてもここには書ききれない。それに西ヨーロッパの国々はなんとなく文化的で洗練されていて、お洒落だ!と言えば肯いてくれる人の方が多いと個人的には思っている。僕はヨーロッパに対して憧れに近い(少し大げさかも知れないが)感情を持っているところが少なからずあると思う。
でも、スペインという国だけはどうしても好きになれない。
僕のスペインに対する印象は「西ヨーロッパ諸国の中で最も粗野な国」だ。
歴史的に見ても、スペインは南米にあった3つの文明(アステカ、マヤ、インカ)を滅ぼしているし(詳細はWikipedia『スペインによるアメリカ大陸の植民地化』参照)、南米の人々に過酷な労働を強き、それでいて疫病なんかが流行して人口が激減すると、今度は南アフリカから黒人奴隷を代替労働力として持ち込んだりもしている。時代が時代とは言え、スペインはめちゃくちゃなことを平然と(かどうかは少し主観が入るけれども)やっていた。
16世紀から17世紀にかけてのスペイン黄金時代も、国内の文化や政治を育て上げた結果というよりも、どちらかと言えば、まだ未開であった南米の発見とその地域からの富の収奪によって一時的に築かれたものだったし、その後の衰退にしたって、国内の経済を支えていたユダヤ人の迫害や改宗、ムスリムの徹底した排除や新興プロテスタントの弾圧などから起きた産業・経済基盤の弱体化が大きな原因となっている。
他の西ヨーロッパ諸国だって同じような侵略と征服の歴史を持っているかもしれないが、3つの文明を滅ぼすなんてことをやったのはこの国ぐらいじゃないかと思う。
でも僕だって歴史的な理由からスペインのことが嫌いになったわけじゃない。
むしろスペインに来てみて、なんとなくこの国は粗野な感じがするなぁと思って歴史を調べてみたら、やっぱり歴史的にも粗野なところがあったという順番だ。
路上で肩がぶつかっても誰一人として謝らないし、道を譲ることはあっても譲られることは(覚えている限りでは)ないし、レストランのウエイターは無愛想だし、ZARAの店員も無愛想だし、ホテルの受付係も無愛想だし、アトレティコマドリードのサポーター連中は昼間から酒を飲んで、酔っ払って、街中で大声で歌を歌っているし(中にはこちらに絡んでくる連中もいる)、スペインに来てからというものの、あまり気持ちの良い思いをすることがなかった。もちろん彼らだって別に僕らに気持ちよい思いをしてもらおうと思って生きているわけではないので、それはそれで一向に構わないのだけれど、それでもフランスでもイタリアでもフィンランドでもスウェーデンでも、何かしら、「やっぱりヨーロッパは良いなぁ」と思わせるところがあった。
スペインに来てから親切だなと感じたのは、今のところ空港のツーリストインフォメーションのおばさんとカンペール(という靴屋)の店員さんの二人だけだし、そのカンペールの店員さんにいたってはイタリアのシシリア出身だと言っていた。やっぱり、イタリア人だ!と思った。
と、ここまで書いてみたものの、ちょっと悪く言いすぎてしまった感は否めない。ごめん。
逆にスペインの好きなところ、良い所を書こうと思う。
まずスペインブランドのZARAとカンペールはかなり好きだ。特にカンペールは大好きだ。
旅行会社に勤めていた時によく履いていたお気に入りの革靴はカンペールのものだし、今回の旅行でもカンペールのスウェードの革靴を一足買った。流石は本拠地スペインだけあって、日本で買うよりもかなり安く買えた。カンペールは細部のデザインにまで入念に凝っているところが好きだ。(例えば今回買ったスウェードの靴もソールにまでデザインがあしらわれている)もし好きな靴のブランドは?と聞かれたら、迷わずにカンペールと答えられると思う。
あとはワイン。スペイン産のワインも結構気に入っている。スパークリングワインのカヴァも美味しいし、テルモ・ロドリゲス氏のワインはどれも好きだ。
食事にしたって、スペインのエル・ブジは世界で最も予約困難な店として有名だし、その料理は(もちろん食べたことはないが)見るからに洗練されていて、粗野という言葉の対極にあるような感じがする。エル・ブジの影響もあって、近年ではスペイン料理が世界を席巻しているといっても過言じゃないし、実際、マドリッド・フュージョンという世界最大の料理のサミットも毎年スペインで行われている。死ぬまでに一度は行ってみたいと切望しているイベントの一つだ。
スペイン料理の定番、パエリアも大好きだ。
今日だって昼食にイカ墨のパエリアを食べてきた。
どの国にも良い所と悪い所、好きな所と嫌いな所があって、それはそれで仕方が無いことだと思う。
旅行者としていろいろな国を訪れると、できるだけ良い思い出を残したくて(嫌な思い出より良い思い出の方が良いに決まってる)、なるべくその国のことを好きになろうと無意識のうちに努力してしまうふしがあって、それが時として疲れに変わることがある。新しい職場で周囲に良い顔ばかりしているうちに、結局ストレスが溜まってしまうというのに似ている気がする。長い旅行をしていると、中には好きになれない国の一つや二つも出てくるものなのだ。そういう時には素直に嫌だと認めてしまってもいいんじゃないかと今回は思った。
「良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにするんだ。そうすれば何も怖くない。悪いことが起きたら、その時点で考えるようにするんだ。」と僕は渡辺昇に言ったのと同じ科白を繰り返した。
でもやっぱりこういう批判的な日記を書くのは僕としてもあまり気持ちの良いものじゃないし、嫌な思い出よりは良い思い出を沢山持って日本に帰りたいと思っている。
毎日の(遅れることもあるが)ブログ更新も少し疲れてしまったので、スペイン滞在中は(といってもあと2日だが)、どこかの大御所漫画家のようにブログの更新を休もうと思う。
というわけで明日はブログを更新しません。
2010年2月13日土曜日
Day14 Dank u wel! AMSTERDAM!!!!!
アムステルダムは北ヨーロッパのベニスとも呼ばれています。
地図を見てみても、目に付くのは環状道路ではなく、環状運河です。
運河はアムステルダム中央駅を囲むように扇状に広がっていて、主に5本の大きな運河とそれを結ぶ数々の運河によって形成されています。
アムステルダムの街を歩くには大きな広場と運河を覚えておき、さらに方位磁石を持っていれば、地図なんか見なくてもだいたいのところには行けてしまいます。
扇状に広がる運河は中心から、シンゲル, Singel、へーレン運河, Herengracht、カイゼル運河, Keizersgracht、プリンセン運河, Prinsengracht、シンゲル運河, Singelgrachtの順になっています。シンゲルというのは「取り囲む」という意味で、内側のシンゲルは16世紀当時の城壁の外堀で、外側のシンゲル運河は17世紀に新しくできた城壁の外堀だそうです。
あとは有名な広場である、ダム広場、ムント広場、ライツェ広場の位置を頭に入れておけば、どこにだって行けてしまいます。
まずアムステルダムに到着した日に、トラムに乗ってホテルまで行き、夕食を食べに出かけながら、ホテルから駅までをトラムの線路沿いに歩いてみました。このときに5本の運河と3つの広場を通りました。ムント広場からダム広場への道が少しわかりにくく、何度かここで迷いましたが、そのかいもあって、もうアムステルダムの街はどこにだって自由に歩き回ることができます。トラムの路線もわかりやすいし、地下鉄もバスも簡単です。こんなわかりやすい街ってなかなかないです。
あとは友人が到着してから(10日から6日間、日本から友人が来ています。今は一人旅ではなく二人旅です)その日の夜にカナルクルーズに行きました。
地図を見ながらどこの運河を回って、どういうコースを辿っているか、運河沿いにはどんな建物や協会があるかといったことを見ながら(もちろん運河から眺めるライトアップされたアムステルダムの綺麗な街並みも!)90分のクルーズを終えるころには、もうアムステルダムに2年10ヶ月は住んでいるような感覚になります。アムステルダムのことだったら何だって聞いてくれって言いふらしながら歩きまわりたいです。
アムステルダムのいいところは、オランダのいいところでもあるのですが、人がみんな親切だということです。アジア人に対する差別的感覚がないのでしょうか?イギリスに行った時も、イタリアに行った時も、フランスに行った時も、みんな基本的には親切なのですが、やはりどことなくアジア人に対する見下し感のようなものを感じました。それは僕のネガティブで偏狭な性格のせいかもしれませんが、やはりヨーロッパにはアジアを侵略した歴史とともに、アジア人に対する人種差別的感覚が洗っても落とせないコーヒーカップの底にごびりついた茶色い滲のように無意識の奥に残っているような気がするのです。
でも、オランダに関しては、そういった感覚を一切感じませんでした。道行く人に道を尋ねても(もっとも僕はもうアムステルダムで道に迷うことなんてもうないのですが)、レストランの店員も、ホテルのスタッフも、駅にいる駅員もみんながみんな親切に接してくれました。
アムステルダムにはアンネ・フランクがドイツから亡命し、2年ほど隠れ住んでいたといういう家があります。ここは今ではアンネフランクミュージアムとして、アンネの日記と共に当時の様子が展示されていています。また、ユダヤ人だけにとどまらず、世界中かの人種差別撤廃運動の拠点にもなっているそうです。
アムステルダムは他の国や都市よりも早く、17世紀にはすでに超国際都市になっていたため、人種や宗教観、生活習慣の違いといったことを受け入れるモラルが蓄積され、そういった文化、見識面では他の都市を一歩も二歩もリードしているのではないかと感じました。
アムステルダム!電燈の灯りがちょっと暗くて、コーヒーショップの近くを歩くのは少し怖いけど、優しくて、温かく、気取らない、素敵な街!
またいつかこの街を訪れようと思います。
Dank u wel! Amsterdam!!!!!
2010年2月8日月曜日
Day11 Amsterdam
今はアントワープからアムステルダムへ向かう列車の中にいます。
ヨーロッパは森を切り開き、大地を作ってきた歴史があるので、車窓の外にはずっと大地が広がっていて、ときどき森が現れてもも、深い森ではなく、木々の隙間からかなり奥まで見渡すことができます。日本やアジアには深い森があって、ヨーロッパには深い森がないことと、日本人やアジア人に比べて欧米人の頭が薄いことにはなにかの因果関係があるのでしょうか。
アムステルダムは世界中からバックパッカーがあつまるエキサイティングな街です。
世界中のドミトリーや安ホテルを予約できるHostelbookers.comの人気都市ランキングでロンドンについで2位になっています。Inner Amsterdamというドミトリーをそのサイトから予約し、今日から5連泊する予定です。1泊10ユーロという格安のドミトリーなので、少し不安もありますが、過去に1泊8ポンドで泊まったエディンバラのドミトリーではAlexというスペイン人との素敵な出会いもあったし、こういうところならではの、楽しみがあるのではないかと思っています。
ところで、アムステルダムは世界中の若者が集まる国際都市であると共に、すこし危険な町でもあるそうです。マリファナなどのライトドラッグの使用が黙認され(厳密には使用は違法だそうです。2gmまでの所持は合法)、街中にあるCoffee Shopというところではライトドラッグが売られていたり、使用している人がいるそうです。また飾り窓地帯という売春街が街のど真ん中にあったりもします。
僕がInner Amsterdamを予約したときにも、そのサイトに“No Smoking, No Drug is allowed in our hostel.”と書かれていました。やはりドラッグが多く蔓延しているということなのでしょうか?
また、ガイドブック、地球の歩き方にも結構厳しいコメントが載っています。(もっとも地球の歩き方は少々主観的に過ぎるところもあるので、なんとも言えませんが)例えば、アムステルダムの治安についてというコラムがあって、そこには
“いわゆる飾り窓地域は観光名所にもなっているし、アメリカ人などは女性同士でケラケラ笑いながら見ていて実にアッケラカンとしている。しかし、だから安全とは限らない。この地域は麻薬売春のある地域になっていて、ピストルやナイフなど凶器を使った犯罪も起こる危険地帯だ。特に日本人は現金を持っているのが有名になってしまっているので、とりあえず現金欲しさで麻薬常習者に狙われやすい。こうした地域には近づかないのが賢明。言葉もろくにしゃべれないというのなら、なおさらのこと。ここは自分のことは自分で責任を負う国オランダだ。日本にいるときのような甘い考えは捨てなければならない。”
と書かれています。
どうやら日本人はバブルの時に豪遊しすぎてしまったのか、おかしな偏見を持たれているようです。オランダ語なんてしゃべれるはずもないので、とりあえず近づかないように(少なくとも夜間は)しなければいけません。
あと、こんな記述もありました。これについては僕はより批判的に意見をしたいと思っています。飾り窓地帯のまじめなお話というコラムには下記のように書かれています。
“波止場として栄えたアムステルダム。水夫たち相手の安酒場や売春宿が集中したのが中央駅から旧教会、ニューマルクトの計量所へ抜ける地区。俗に「飾り窓地帯」や「Red Light District」と呼ばれ、今もポルノショップ、セックスミュージアム、ポルノ映画館、ストリップ劇場、そして飾り窓がひしめいている。”
~中略(飾り窓地帯についての記述、そして)~
“アムステルダムはまた、「ゲイ・シティ」としてももうひとつの顔を持つ。ホモ・ゲイスポットも数多く、週末には革ジャンスタイルのマッチョなお兄さんたちのカップルが仲良く手をつないで歩く姿も見られる。この地帯は、市内でも最も危険な場所で麻薬の売人などが路上で取り引きしたりしている。”
~後略、云々。
これでは、まるでアムステルダムで革ジャンを着ているマッチョなやつはゲイだと言っているような気がしてしまいます。もしかすると本当にそうなのかもしれまんが、見た目でひとくくりにするべきではないと思うのです。つまり求められるべきモラルの問題として。また、ゲイが集まる地域あるといういう記述のすぐ後に、この地域は犯罪も多いなんて、まるでゲイが集まる街と犯罪率の高さに関連性があるかのような書き方です。飾り窓のことは飾り窓のことで書いて、ゲイのこと(どうしても書きたいなら)は別に書けばいいのだ!と思います。
確かに僕らの国ではゲイに対する偏見があるのは間違いないことだと思うし、僕自身もゲイに対して曇り一つない透き通った見方をしてるかと聞かれれば、そうではないと思います。でも個人的なレベルではなく、こういう全国的なガイドブックに偏見に繋がるような記述を載せるのは非常に無神経なことではないでしょうか。
願わくば訂正してもらいものです。
さて、そろそろアムステルダムに到着です。
どんな街なのか5日間かけてゆっくり見聞してみたいです。
とりあえず、たまった洗濯物を洗わなくちゃ!!
ヨーロッパは森を切り開き、大地を作ってきた歴史があるので、車窓の外にはずっと大地が広がっていて、ときどき森が現れてもも、深い森ではなく、木々の隙間からかなり奥まで見渡すことができます。日本やアジアには深い森があって、ヨーロッパには深い森がないことと、日本人やアジア人に比べて欧米人の頭が薄いことにはなにかの因果関係があるのでしょうか。
アムステルダムは世界中からバックパッカーがあつまるエキサイティングな街です。
世界中のドミトリーや安ホテルを予約できるHostelbookers.comの人気都市ランキングでロンドンについで2位になっています。Inner Amsterdamというドミトリーをそのサイトから予約し、今日から5連泊する予定です。1泊10ユーロという格安のドミトリーなので、少し不安もありますが、過去に1泊8ポンドで泊まったエディンバラのドミトリーではAlexというスペイン人との素敵な出会いもあったし、こういうところならではの、楽しみがあるのではないかと思っています。
ところで、アムステルダムは世界中の若者が集まる国際都市であると共に、すこし危険な町でもあるそうです。マリファナなどのライトドラッグの使用が黙認され(厳密には使用は違法だそうです。2gmまでの所持は合法)、街中にあるCoffee Shopというところではライトドラッグが売られていたり、使用している人がいるそうです。また飾り窓地帯という売春街が街のど真ん中にあったりもします。
僕がInner Amsterdamを予約したときにも、そのサイトに“No Smoking, No Drug is allowed in our hostel.”と書かれていました。やはりドラッグが多く蔓延しているということなのでしょうか?
また、ガイドブック、地球の歩き方にも結構厳しいコメントが載っています。(もっとも地球の歩き方は少々主観的に過ぎるところもあるので、なんとも言えませんが)例えば、アムステルダムの治安についてというコラムがあって、そこには
“いわゆる飾り窓地域は観光名所にもなっているし、アメリカ人などは女性同士でケラケラ笑いながら見ていて実にアッケラカンとしている。しかし、だから安全とは限らない。この地域は麻薬売春のある地域になっていて、ピストルやナイフなど凶器を使った犯罪も起こる危険地帯だ。特に日本人は現金を持っているのが有名になってしまっているので、とりあえず現金欲しさで麻薬常習者に狙われやすい。こうした地域には近づかないのが賢明。言葉もろくにしゃべれないというのなら、なおさらのこと。ここは自分のことは自分で責任を負う国オランダだ。日本にいるときのような甘い考えは捨てなければならない。”
と書かれています。
どうやら日本人はバブルの時に豪遊しすぎてしまったのか、おかしな偏見を持たれているようです。オランダ語なんてしゃべれるはずもないので、とりあえず近づかないように(少なくとも夜間は)しなければいけません。
あと、こんな記述もありました。これについては僕はより批判的に意見をしたいと思っています。飾り窓地帯のまじめなお話というコラムには下記のように書かれています。
“波止場として栄えたアムステルダム。水夫たち相手の安酒場や売春宿が集中したのが中央駅から旧教会、ニューマルクトの計量所へ抜ける地区。俗に「飾り窓地帯」や「Red Light District」と呼ばれ、今もポルノショップ、セックスミュージアム、ポルノ映画館、ストリップ劇場、そして飾り窓がひしめいている。”
~中略(飾り窓地帯についての記述、そして)~
“アムステルダムはまた、「ゲイ・シティ」としてももうひとつの顔を持つ。ホモ・ゲイスポットも数多く、週末には革ジャンスタイルのマッチョなお兄さんたちのカップルが仲良く手をつないで歩く姿も見られる。この地帯は、市内でも最も危険な場所で麻薬の売人などが路上で取り引きしたりしている。”
~後略、云々。
これでは、まるでアムステルダムで革ジャンを着ているマッチョなやつはゲイだと言っているような気がしてしまいます。もしかすると本当にそうなのかもしれまんが、見た目でひとくくりにするべきではないと思うのです。つまり求められるべきモラルの問題として。また、ゲイが集まる地域あるといういう記述のすぐ後に、この地域は犯罪も多いなんて、まるでゲイが集まる街と犯罪率の高さに関連性があるかのような書き方です。飾り窓のことは飾り窓のことで書いて、ゲイのこと(どうしても書きたいなら)は別に書けばいいのだ!と思います。
確かに僕らの国ではゲイに対する偏見があるのは間違いないことだと思うし、僕自身もゲイに対して曇り一つない透き通った見方をしてるかと聞かれれば、そうではないと思います。でも個人的なレベルではなく、こういう全国的なガイドブックに偏見に繋がるような記述を載せるのは非常に無神経なことではないでしょうか。
願わくば訂正してもらいものです。
さて、そろそろアムステルダムに到着です。
どんな街なのか5日間かけてゆっくり見聞してみたいです。
とりあえず、たまった洗濯物を洗わなくちゃ!!
Day10 音楽に言葉はいらない
ベルギー楽器博物館に行きました。
ブリュッセル初日の夜に外を散歩していたら、アールヌーヴォー風の洒落た建物があったので、おぉこれが噂に聞くブリュッセルのアールヌーヴォー建築かぁと思い、とりあえず写真に収めておきました。ホテルに戻って、翌日の計画をしているときに、先ほど写真に収めた建物がガイドブックに載っていて、楽器博物館だと紹介されていました。
僕の地元、浜松にも東洋一と言われる楽器博物館(ここは一度行く価値のある博物館です)があるので、見比べてみようと思い、今日、行くことにしました。
4ユーロ(26歳からは5ユーロ)を支払って、中に入ると、いかにも音楽家風な格好をした初老の(さらに小太りの)おじさんが、ヘッドフォンを渡してくれて、音声ガイドの説明をしてくれます。英語でいいかい?と聞くので、どうせ日本語なんてないだろうと思って、ええ大丈夫です。と答えたのですが、やっぱり英語の説明を聞くのは疲れるし、わからないことが多いので、一応借りるだけ借りて使わないなと思っていると、おじさんの説明では、展示されている楽器の前に立てば、ヘッドフォンからその楽器を使った音楽が流れてくるというのです。どうやら音楽に言葉なんて関係なかったみたいです。なんて素晴らしいアイディアなんだ!と感激しました。
展示されている楽器の前に立つと天井から電波をヘッドフォンが拾って、音楽が流れます。古代の楽器から、現代の楽器までいろいろな音色が流れ、小さい子供から若いカップル、年寄り夫婦までみんなヘッドフォンをつけてリズムに乗って体を揺すりながら流れる音楽を楽しんでいる様子でした。
僕が一番気に入った楽器は、名前はなんて言うんでしょうか、木製の笛の吹込口と吹出口の間に皮袋があって、演奏するときはあらかじめ皮袋を膨らませて、ときどきその皮袋の中の空気を押し出しながら演奏する管楽器です。おそらく中世ヨーロッパの時代に良く使われていた楽器だと思うのですが。FF5のBGMに使われていそうな音楽でした。
驚いたのは、最初の展示室の一番奥に任天堂のWiiが置かれていることです。オーケストラの指揮をするゲームがセットされていて、小さい男の子が母親に連れられ、必死にタクトを振っていました。コントローラーを上下左右に振ると、音楽が流れます。近くにいる人のヘッドフォンに彼の指揮するオーケストラが流れ、みんな顔をあわせて笑い合っていました。Wiiは偉大なゲームだと思いました。
この楽器博物館は博物館の展示方法や所蔵品だけでもお勧めできる素晴らしい博物館なのですが、もう一つお勧めできるポイントがあります。
入館するときにヘッドフォンの説明をしてくれたおじさんが「10階にはミュージアムレストランがあります、ここの眺めはとても良いから是非行ってみてね。」と勧めてくれました。実はガイドブックにも、“100年前、展望台として人気のあった最上階のレストランは、今でもブリュッセルの下町を一望できるとっておきのスポットだ。”と書かれています。
お昼ちょっと前にお腹が空いたので、いったん見学を中断して、ミュージアムレストランに食事をとりに行きました。La Plate de Jour(本日の一皿)10ユーロと炭酸水3.5ユーロを注文して、外の景色を眺めながら、ゆっくり食事ととりました。味も申し分なく、景色も素晴らしい!最高に贅沢な時間です。コーヒーも注文して、合計16ユーロ(約2000円)でした。2000円で手に入れられる贅沢を競い合う大会を開いたら見事に入賞できるような贅沢な時間でした。
ただ、荷物をクロークに預けないといけなかったので、カメラがなく、写真を取れなかったのが残念です。
女性を連れて行くには絶好の場所ですので、もしブリュッセルに行くことがあれば、是非行ってみてください。
今は夜の10:30なのですが、この旅行を始めてから、かなり規則正しい生活を送っています。一人なので、遅くまでお酒を飲みに行くなんてこともなく(もともとお酒はそんなに飲まないのですが)、さらに、どこにも僕の生活を邪魔する人がいないので、朝7時にはきちんと起きて、夜12時に寝ているというどこまでも健全な日々を送っています。
僕はミツバチのようにまじめな人間なので、もともと規則性や統一性といったものが好きなのです。旅行が終わってからも、ちゃんと規則正しい生活を送りたいものです。
一つ問題があるとすれは、重度のWiFi依存症だということでしょうか。WiFiが使えず、ネットに接続できない時は、ストレスを感じ、不安になります。
※アントワープのユースホステルでWiFiが有料だったため、次のアムステルダムのホステルでこの日記を投稿しました。
2010年1月9日土曜日
キューーーーーーーーーーーーーーーーバ
今日は英会話の先生の紹介で浜松に住んでいるキューバ人に会いました。
旅行の60日目~64日目にかけてハバナに滞在する予定です。
昨年の正月にチェ・ゲバラの映画が公開され、雑誌なんかでもキューバの特集がよく組まれていました。
キューバと聞くと、アメリカと敵対するカストロ議長だとか、イスラム系のテロリストが収容されている米軍のグァンタナモ収容所など、なんとなく恐ろしいイメージを持っていました。
チェ・ゲバラの映画公開を機に、キューバの本当の情報を多く目にするようになって、今までキューバに対して、大きな勘違いをしていたことに気づきました。
キューバは社会主義路線を辿った国の中でも最も成功している国の一つで、たとえば、教育水準、医療水準が非常に高く、非識字者はほぼゼロ、教育費、医療費は無料、医療分野では今では輸出国となっていて、医学部の学費はアメリカ人を含む留学生までも無料になっているそうです。
キューバ国民は月収約10,000円程度ながら、配給制度があるので、配給カードを持ち、国からの配給を受け、みんなで協力し合いながら暮らしているそうです。
今日、会ったキューバ人もものすごく陽気で、「Eres muy bonita!!」という言葉を覚えていくといいよと、教えてくれました。意味は「Your are beautiful!!」だそうです。
カフェやバーで隣に座っている女性に声をかけても、みんな陽気に応えてくれると言っていました。
カナダ人の英語の先生がカナダでは少し難しいというので、僕は日本でそれをやったら、ほぼ犯罪だよ、と冗談を言ったら、そんなことはないと言って、隣の席に座っていた女の子たちに声をかけ始めました。
もっとも、浜松人は日本の中でも特に排他的なので、声をかけられた女の子たちは、少し迷惑そうでした。 でもそのキューバ人は臆することなく、どんどん声をかけていました。
キューバはヘミングウェイにとってゆかりのある土地です。ヘミングウェイが晩年を過ごした国で、「老人と海」はここで生まれました。でも僕は晩年の作品より、もっと人物描写の多い、若いころの作品が好きです。「日はまた昇る」とか短編集の「われらの時代、男だけの世界」なんかが好きです。
ハバナの郊外にはヘミングウェイの家があって、今も当時のままに保存されていたり、ヘミングウェイが通っていた、バーやカフェもたくさんあるそうです。パパ・ヘミングウェイというダイキリを飲まないといけないみたいです。
ラテンの情熱と社会主義の平和な国、キューバ。
今から行くのが楽しみです。
◆今日の二冊
ゲバラ日記 (角川文庫) (文庫)
チェ ゲバラ (著), Che Guevara (原著), 高橋 正 (翻訳)
老人と海 (新潮文庫)
ヘミングウェイ (著), 福田 恒存 (翻訳)
旅行の60日目~64日目にかけてハバナに滞在する予定です。
昨年の正月にチェ・ゲバラの映画が公開され、雑誌なんかでもキューバの特集がよく組まれていました。
キューバと聞くと、アメリカと敵対するカストロ議長だとか、イスラム系のテロリストが収容されている米軍のグァンタナモ収容所など、なんとなく恐ろしいイメージを持っていました。
チェ・ゲバラの映画公開を機に、キューバの本当の情報を多く目にするようになって、今までキューバに対して、大きな勘違いをしていたことに気づきました。
キューバは社会主義路線を辿った国の中でも最も成功している国の一つで、たとえば、教育水準、医療水準が非常に高く、非識字者はほぼゼロ、教育費、医療費は無料、医療分野では今では輸出国となっていて、医学部の学費はアメリカ人を含む留学生までも無料になっているそうです。
キューバ国民は月収約10,000円程度ながら、配給制度があるので、配給カードを持ち、国からの配給を受け、みんなで協力し合いながら暮らしているそうです。
今日、会ったキューバ人もものすごく陽気で、「Eres muy bonita!!」という言葉を覚えていくといいよと、教えてくれました。意味は「Your are beautiful!!」だそうです。
カフェやバーで隣に座っている女性に声をかけても、みんな陽気に応えてくれると言っていました。
カナダ人の英語の先生がカナダでは少し難しいというので、僕は日本でそれをやったら、ほぼ犯罪だよ、と冗談を言ったら、そんなことはないと言って、隣の席に座っていた女の子たちに声をかけ始めました。
もっとも、浜松人は日本の中でも特に排他的なので、声をかけられた女の子たちは、少し迷惑そうでした。 でもそのキューバ人は臆することなく、どんどん声をかけていました。
キューバはヘミングウェイにとってゆかりのある土地です。ヘミングウェイが晩年を過ごした国で、「老人と海」はここで生まれました。でも僕は晩年の作品より、もっと人物描写の多い、若いころの作品が好きです。「日はまた昇る」とか短編集の「われらの時代、男だけの世界」なんかが好きです。
ハバナの郊外にはヘミングウェイの家があって、今も当時のままに保存されていたり、ヘミングウェイが通っていた、バーやカフェもたくさんあるそうです。パパ・ヘミングウェイというダイキリを飲まないといけないみたいです。
ラテンの情熱と社会主義の平和な国、キューバ。
今から行くのが楽しみです。
◆今日の二冊
ゲバラ日記 (角川文庫) (文庫)
チェ ゲバラ (著), Che Guevara (原著), 高橋 正 (翻訳)
老人と海 (新潮文庫)
ヘミングウェイ (著), 福田 恒存 (翻訳)
2010年1月7日木曜日
そう、僕らは自転車好きなんです。
今年に入り、実家に引っ越したので、会社まで自転車で通うことにしました。
(アパートは結婚して戻ってくる兄が家を見つけるまで半年ほど貸すことになりました。)
自転車はLeMond(レモン)のNevada City(2003年モデル)に乗っています。
2003年、僕は大学1年生でした。
「東京を自転車で走る会」というNPOだかNGOの団体の人と親しくなり、東京は自転車で移動するのが圧倒的に便利だということを聞かされ、格好良い自転車に乗りたくなった僕は、近くの自転車屋に行き、ロードレーサーを買いました。
TREKとかGIANTとかLOUISGARNEAUなんかの自転車が何種類か置いてあるわきにLEMONDの自転車が1台だけぽつんと置いてありました。他の自転車は白とか青がベースになっていて、それはそれでどれも格好いいのですが、LEMONDだけ、黒ベースに黄色の模様が入っていて、ダーティーな異彩を放っていました。最初、攻撃的なスズメバチを思い浮かべたような気がします。これで東京を走り回ったら、きっと格好良いだろうなぁと思って購入を決めました。
会社まで、バスに乗ると20分くらいかかります。バス停まで歩くとさらに15分。でも自転車だと、車と車の間を掻き分け、どんどん進んで、15分で着きます。
朝と夜、15分ずつの良い運動にもなります。浜松は坂道が結構多いので、さらに良い運動です。
2004年の冬、ロンドンに行ったときにサイクリストの多さに驚きました。
ここ数年、日本でも自転車ブームが起きたので、今ではサイクリストを多く見かけますが、2004年の当時は東京でもまだまだでした。日曜の皇居周辺など、集まるところにはかなり集まっていましたが。
ロンドンのサイクリストは結構高い割合で工事現場のおっさんが来ているような蛍光イエローのセーフティーベストを着ています。男性も女性も、子供も着ています。交通量の多い道路を走るとき、蛍光イエローのベストは目立つので、安全です。僕もマネすることにしました。今でも蛍光イエローのベストで通勤していますが、会社の人には、清掃会社の人だと思ったと言われます。
パリに行ったときも、エディンバラに行ったときも、レンタルサイクルを借りました。
どちらも、大学時代の友人と二人で旅行しました。
僕らは自転車好きなんです。
自転車で回ると、効率よく回れるし、結構遠くまで行けるので、地下鉄&徒歩では行けないようなエリアや裏道にも果敢に挑戦できます。旅行の幅が広がるような気がします。地図を見て行動するので、街の全体像をつかむことができます、。街の全体像をつかむと、その街がどんな成り立ちをしているのか、どういうエリアがどんなところにあるのかなど、地下鉄とかタクシーで移動していたら気づかないような発見があって、より深く、その街を知ることができます。
今度の旅行では自転車大国オランダ、アムステルダムに行くので、自転車でいろいろ回ってみよう思います。
そう、僕らは自転車好きなんです。
(アパートは結婚して戻ってくる兄が家を見つけるまで半年ほど貸すことになりました。)
自転車はLeMond(レモン)のNevada City(2003年モデル)に乗っています。
2003年、僕は大学1年生でした。
「東京を自転車で走る会」というNPOだかNGOの団体の人と親しくなり、東京は自転車で移動するのが圧倒的に便利だということを聞かされ、格好良い自転車に乗りたくなった僕は、近くの自転車屋に行き、ロードレーサーを買いました。
TREKとかGIANTとかLOUISGARNEAUなんかの自転車が何種類か置いてあるわきにLEMONDの自転車が1台だけぽつんと置いてありました。他の自転車は白とか青がベースになっていて、それはそれでどれも格好いいのですが、LEMONDだけ、黒ベースに黄色の模様が入っていて、ダーティーな異彩を放っていました。最初、攻撃的なスズメバチを思い浮かべたような気がします。これで東京を走り回ったら、きっと格好良いだろうなぁと思って購入を決めました。
会社まで、バスに乗ると20分くらいかかります。バス停まで歩くとさらに15分。でも自転車だと、車と車の間を掻き分け、どんどん進んで、15分で着きます。
朝と夜、15分ずつの良い運動にもなります。浜松は坂道が結構多いので、さらに良い運動です。
2004年の冬、ロンドンに行ったときにサイクリストの多さに驚きました。
ここ数年、日本でも自転車ブームが起きたので、今ではサイクリストを多く見かけますが、2004年の当時は東京でもまだまだでした。日曜の皇居周辺など、集まるところにはかなり集まっていましたが。
ロンドンのサイクリストは結構高い割合で工事現場のおっさんが来ているような蛍光イエローのセーフティーベストを着ています。男性も女性も、子供も着ています。交通量の多い道路を走るとき、蛍光イエローのベストは目立つので、安全です。僕もマネすることにしました。今でも蛍光イエローのベストで通勤していますが、会社の人には、清掃会社の人だと思ったと言われます。
パリに行ったときも、エディンバラに行ったときも、レンタルサイクルを借りました。
どちらも、大学時代の友人と二人で旅行しました。
僕らは自転車好きなんです。
自転車で回ると、効率よく回れるし、結構遠くまで行けるので、地下鉄&徒歩では行けないようなエリアや裏道にも果敢に挑戦できます。旅行の幅が広がるような気がします。地図を見て行動するので、街の全体像をつかむことができます、。街の全体像をつかむと、その街がどんな成り立ちをしているのか、どういうエリアがどんなところにあるのかなど、地下鉄とかタクシーで移動していたら気づかないような発見があって、より深く、その街を知ることができます。
今度の旅行では自転車大国オランダ、アムステルダムに行くので、自転車でいろいろ回ってみよう思います。
そう、僕らは自転車好きなんです。
2010年1月6日水曜日
香港
今日、香港に住んでいる友達からメールが来ました。
1月28日から始める世界一周旅行の最初の目的地は香港です。
初めて香港に行ったのは、去年の3月末でした。
大学のころの仲間と香港で会おうということになり、彼らは東京から、僕は名古屋から香港に行きました。
香港で落ち合って、みんなで夜遅くまで、最高に旨いシャコを食べ、安ビールで飲み明かしました。次の日にはビクトリアピークに行ったり、街を走りかうトラムに乗ったりして、時間を過ごしました。マカオにも行って、世界遺産を見たり、美女を見たりしました。 最高に楽しい旅行でした。
沢木耕太郎も最初、香港からスタートしました。
~インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く――。ある日そう思い立った26歳の〈私〉は、仕事 をすべて投げ出して旅に出た。途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて、思わぬ長居をしてしまう。マカオでは「大小(タイスウ)」というサイコロ賭 博に魅せられ、あわや……。~
もっとも、僕の旅行はこんなに格好良くないですが。
香港に住んでいる友達が言うには、28日の夜に香港に着いたら、すぐにマカオに行こうとのことでした。
彼は香港で仕事が終わってから、深夜のフェリーに乗って、マカオに行き、徹夜でカジノで遊んで、早朝のフェリーで香港に戻ってきて、仮眠した後、仕事に出かけるという強者です。というか阿呆です。
それなら、28日に香港に着いたら、市街地には行かずに、空港から直接マカオに行こうかなとも思います。
あわや……。とならないように気をつけなければいけません。
◆今日の一冊
深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫) (文庫)
沢木 耕太郎 (著)
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